最近、因果応報について話をすることが増えたので少しメモしてみます。

というのも、同僚が「バチがあたる」「日ごろの行いがよい」といった
因果応報の念に基づいて思考していることもあり(半分ネタで言ってるようですが)、
まじめに因果応報を考えてみると、どうなるか気になった次第です。


1)バタフライ理論

またの名を「風が吹けば桶屋が儲かる」というアレです。
良いこと(悪いこと)をすることで、それが少しずつ伝播し、
巡り巡って自分に違う形で返ってくる。
そういうことがあるのではないかと思うのです。

その返ってくる形が全く異なっていることと、タイミングが一定で
ないことから、どの件の因果応報かわからないのがミソですね。


2)価値の貸し借り

よっぽどの感覚の人間でない限り、恩を感じたり、恨みを感じたり
することはあるでしょう。後者の方は忘れないでしょうし、
どちらも積もり積もるほど忘れないです。

だから、良いことをされた人には、ふとした時に何か良いことを
返しておきたくなり、悪いことをされた人には、良いことをスルーして
しまうのではないでしょうか。

ちょっといい店を紹介してくれた人には、ちょっといい店を紹介してあげよう
という気になりますし、家電に詳しくていつも相談にのってくれる人には
合コンのお誘いをしてあげたりするなんてこともあるかもしれません。

逆に、いつも愚痴ばっかり聞かされるうんざりな相手がいたとしたら、
それらの情報を届けることもないでしょう。

仕事上で、できる営業というのもこのようなことが多いと思います。
「あ、彼にはいつもよくしてもらってるから、まず声をかけてみよう」
という心理ですね。


3)受け手の心構え

良いことをした、悪いことをしたという認識があるほど、
その後に起こったことが因果応報だと感じるでしょう。

卑近な例かもしれませんが、良いことをした翌日に懸賞が当たったとか
悪いことをした翌日にパソコンのデータがふっとんだとか。

あのときこういうことしたからこうなったんだな、
と勝手に解釈してしまうという理屈です。

各種ビジネス書を読んでいれば一理ある理屈だと思っていて、
常に良い方向に物事の解釈をしていると、自然と良いことが
増えることになりますから、あながち間違いでもなさそうです。

同様に、ついてないとか、xxが悪いという思考でいると
何かと悪いことが起こる(というか外的要因の悪いことが
起こったと思ってしまう)ことになるでしょう。


4)神のイタズラ

最近また哲学書を読んでいるのですが、
昔の人は理屈で解決しなくなると、すぐ神の仕業にしたがりますね。
途中までいい感じで分析していくのに、そこから先はどうするのか
というクライマックスで「それは神が生み出した」とか
平然と言ってのけてしまう。

今の(2013年の)私の(日本人の一般市民の)価値観だと
「なんでやねーん」と突っ込みたくなるわけですが、
それが当たり前に通用していた時代なんだなと感慨深くもあります。

ということで敬意を表して最後は
「因果応報は神のイタズラ」ということで。


以上。
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