2008.07.30
ワークライフバランス残業+α
雇用拡大と残業増加、ワークライフバランスについて。
日本の仕事のスタイルにおける問題点は、属人性にあったんだと思います。
属人的になることが悪いのではなくて、すべてが属人的になってしまうことが
問題なのではないでしょうか。
基本的に、仕事は自分で完結しないようにする。
自分ではない人でも同じようにできるようにすることが、仕事に求められること。
そして、それが人を仕事から解き放つ術になり、休暇取得へとつながる。
その人しかできないものだったら、長期的な休暇は仕事の回転が停止することを
意味しますからね。
他人が同様の成果を出せるような体制が、休暇取得促進になり、
そういった体制が、仕事の分業化を可能にし、分業化、細分化が短時間雇用を
可能にし、雇用拡大へとつながる。
あれ?あってます?
ただ、どれだけマニュアル化しても、属人的にならざるを得ない点、
その人のセンスが左右する点はあります。
それを楽しめる人が仕事漬けでも人生を豊かに送れる人。
話題はズレますが、仕事が楽しいなら「残業がいや」という観点で働かないでしょう。
十把一絡げに残業を悪く扱うのはまずいですし、ワークライフバランスという武器を
振りかざすのもよくない。
けど、仕事よりも家に帰ってからやりたいことにプライオリティを置く人もいるので、
その人のための仕事スタイルというものがあってもいいと思います。
何事も個人に合わせたスタイルを企業が提供し、個人は個人の責任において
そのスタイルを選んでいけばいいんですね。
もちろんそれが社会の繁栄につながっていかなくてはならないのはいうまでもないです。
日本の仕事のスタイルにおける問題点は、属人性にあったんだと思います。
属人的になることが悪いのではなくて、すべてが属人的になってしまうことが
問題なのではないでしょうか。
基本的に、仕事は自分で完結しないようにする。
自分ではない人でも同じようにできるようにすることが、仕事に求められること。
そして、それが人を仕事から解き放つ術になり、休暇取得へとつながる。
その人しかできないものだったら、長期的な休暇は仕事の回転が停止することを
意味しますからね。
他人が同様の成果を出せるような体制が、休暇取得促進になり、
そういった体制が、仕事の分業化を可能にし、分業化、細分化が短時間雇用を
可能にし、雇用拡大へとつながる。
あれ?あってます?
ただ、どれだけマニュアル化しても、属人的にならざるを得ない点、
その人のセンスが左右する点はあります。
それを楽しめる人が仕事漬けでも人生を豊かに送れる人。
話題はズレますが、仕事が楽しいなら「残業がいや」という観点で働かないでしょう。
十把一絡げに残業を悪く扱うのはまずいですし、ワークライフバランスという武器を
振りかざすのもよくない。
けど、仕事よりも家に帰ってからやりたいことにプライオリティを置く人もいるので、
その人のための仕事スタイルというものがあってもいいと思います。
何事も個人に合わせたスタイルを企業が提供し、個人は個人の責任において
そのスタイルを選んでいけばいいんですね。
もちろんそれが社会の繁栄につながっていかなくてはならないのはいうまでもないです。
2008.07.24
時の流れが早くなる
年をとるにつれて時間がたつのがだんだん早く感じるという風によくいわれます。
小学生の夏休みは何でもできる時間があったように思えますが、今の8月はあっという間に
過ぎ去ることからもあきらかです。
小学生の時は世界も狭く、知っていることもやりたいことも限られた中でしたので、
変な言い方ですが、今からすれば「暇」だったんでしょう。
また、やるべきことも1時間、2時間という単位が普通。長くて2泊3日くらいの旅行が
夏休みの最大のイベントだったのではないでしょうか。
しかし、大人になると世界が広がり、アレもコレもやりたいですし、仕事の単位は
何ヶ月、旅行に行くとしたら1週間は出かけたいものです。
こういった「量」と「単位」の違いが、時間の経過を早く感じさせる原因なのかと思います。
もしかしたら、すでに誰か学者が論じているかもしれません。
さて、私が今回気になったのは、上述の点ではありません。
もし、時間がたつのが早く感じるのが錯覚じゃなかったら?という点を考えてみたいのです。
つまり、20年前の1秒と現在の1秒の長さを比べると、本当に短くなっているのではないかということです。
時計の針も、植物の成長も、砂時計の落下速度も、地球の自転も公転も、
すべてが本当に少しずつ早くなっていて、誰も気付いていない状態。
私の親世代が子供だったころより、私が子供だった時代の方が1秒がわずかに短く、
その時代より、今のほうが僅かに短い。今の時代の子供たちが大人になったら、
1秒がもっと短くなっているという世界。
だから、誰もが年々時間がたつのが早く感じる。
2000年前などと比べれば、もしかしたら1秒の長さが2倍くらい違うかもしれません。
99%空想の笑い話です。でも、宇宙の果て(何万光年先)が膨張を続けている!という
誰が確認したんだかわからないような話がわりと信じられているものですから、
こんな理論があっても面白いのではないでしょうか。
もしかしたら宇宙の膨張が原子レベルで世界の時間を狂わせているのかもしれません
???
小学生の夏休みは何でもできる時間があったように思えますが、今の8月はあっという間に
過ぎ去ることからもあきらかです。
小学生の時は世界も狭く、知っていることもやりたいことも限られた中でしたので、
変な言い方ですが、今からすれば「暇」だったんでしょう。
また、やるべきことも1時間、2時間という単位が普通。長くて2泊3日くらいの旅行が
夏休みの最大のイベントだったのではないでしょうか。
しかし、大人になると世界が広がり、アレもコレもやりたいですし、仕事の単位は
何ヶ月、旅行に行くとしたら1週間は出かけたいものです。
こういった「量」と「単位」の違いが、時間の経過を早く感じさせる原因なのかと思います。
もしかしたら、すでに誰か学者が論じているかもしれません。
さて、私が今回気になったのは、上述の点ではありません。
もし、時間がたつのが早く感じるのが錯覚じゃなかったら?という点を考えてみたいのです。
つまり、20年前の1秒と現在の1秒の長さを比べると、本当に短くなっているのではないかということです。
時計の針も、植物の成長も、砂時計の落下速度も、地球の自転も公転も、
すべてが本当に少しずつ早くなっていて、誰も気付いていない状態。
私の親世代が子供だったころより、私が子供だった時代の方が1秒がわずかに短く、
その時代より、今のほうが僅かに短い。今の時代の子供たちが大人になったら、
1秒がもっと短くなっているという世界。
だから、誰もが年々時間がたつのが早く感じる。
2000年前などと比べれば、もしかしたら1秒の長さが2倍くらい違うかもしれません。
99%空想の笑い話です。でも、宇宙の果て(何万光年先)が膨張を続けている!という
誰が確認したんだかわからないような話がわりと信じられているものですから、
こんな理論があっても面白いのではないでしょうか。
もしかしたら宇宙の膨張が原子レベルで世界の時間を狂わせているのかもしれません
???
2008.07.23
ノー残業デー
会社がノー残業デーを設けるていては、残業が無くなる方向には進まない。
と、思います。
会社がノー残業デーを設けないから残業してしまうんだ!
もしノー残業デーがあれば早く帰れるのに!
と言う人がいたら、それはノー残業デーとかの前に何かがおかしい。
きっと残業する必要がないのに帰れないというような会社だろう。
ノー残業デーを会社が設けなくても、部署単位で実行できて、
部署単位で実行しなくても、個人ベースで実行できればいい。
むしろ、こんなことは個人ベースでやるのがいちばんだ。
なぜかと言えば、自分の作業の進捗を自分でしっかり管理すれば
たまに残業をしなくて済む日くらい作れるからだ。
その証拠に、前日と翌日頑張るから、飲み会のある日は残業しないで
街に繰り出せる。
営業職で外回りをした後に、定時後、事務処理をする人などは、確かに
残って作業することが多いだろうが、それでも飲み会のある日は、きちんと
あがることができるなら、ノー残業デーをつくることも可能だろう。
そもそも、ノー残業デーをつくる必要があるのか、どうなのかはまた別の話。
今回は、管理する側としてのノー残業デーについて。
と、思います。
会社がノー残業デーを設けないから残業してしまうんだ!
もしノー残業デーがあれば早く帰れるのに!
と言う人がいたら、それはノー残業デーとかの前に何かがおかしい。
きっと残業する必要がないのに帰れないというような会社だろう。
ノー残業デーを会社が設けなくても、部署単位で実行できて、
部署単位で実行しなくても、個人ベースで実行できればいい。
むしろ、こんなことは個人ベースでやるのがいちばんだ。
なぜかと言えば、自分の作業の進捗を自分でしっかり管理すれば
たまに残業をしなくて済む日くらい作れるからだ。
その証拠に、前日と翌日頑張るから、飲み会のある日は残業しないで
街に繰り出せる。
営業職で外回りをした後に、定時後、事務処理をする人などは、確かに
残って作業することが多いだろうが、それでも飲み会のある日は、きちんと
あがることができるなら、ノー残業デーをつくることも可能だろう。
そもそも、ノー残業デーをつくる必要があるのか、どうなのかはまた別の話。
今回は、管理する側としてのノー残業デーについて。




